「強く正しいヒーロー、あるいはヒロインの物語を書いてください」実作の感想、その2

 読んでいると、概して受講者の小説のレベルがぐんぐんと上がっているのがわかるけれど、この現象は何なのだろう。講師陣のアドバイスが的確なのか、受講者が猛烈な努力を行っているのか、はたまた自主ゼミみたいな感じで集まって感想交換やっているのが効いているのか。

 僕も、時間があるときにそっちに参加するべきなんだろうか。

 

岩森 応「QUESTREAMER」

 読んでいて気分が良くなるタイプの小説。こうして子どもが救われていくのは読後感がいい。

 以下問題点。論文形式にする必要があったのだろうか。つまり、「というお話でした」の後に、莉奈が救われて論文を読むシーンがなくても、莉奈の幸せな未来を読者は十分に想像できるはず。いったん物語の外に出てしまうと、読者は冷めてしまうか、そこまでいかなくても、主役が誰なのかがぶれてしまう気がする。

 それに、論文形式にするなら徹頭徹尾そうした文体にする必要があるが、この話では少しずつ普通の小説の文体へと移行してしまっている。それなら、最初から普通の小説にして、その枠組みからでなくてもいい。

 それと、こういうおつかいゲーム型*1の話はとても楽しいんだけれど、もう少し試練を厳しくした方がいい気もする。たとえば、親から反対されるとかぬいぐるみを取り上げられるとか。そんなことはないだろうか?

 

武見 倉森「ゲームマスタ」

 簡潔にまとまっている。ゲーム内世界ものとしては面白い。

 ただ、最後に合われたショットの正体が曖昧に思われた。というよりも、ミレイに事情を解説するためだけに現れたようなキャラクターだ。つまり、ミレイ自身が謎を解いているというよりもショットに誘導されっぱなしであり、結局彼女の正体は不明であり、証言の裏が取れていない。そうした状況の中で、自分を撃つという選択をしたとしても、自ら責任を引き受けた、ということを読者は受け入れるのは難しいはず。

 

村木 言「遺された角」

 上質なファンタジー世界だと思う。これは許しの物語だろう。母によって受けた呪いを許し、自分を残して死んでいったことを許し、さらには義理のきょうだいの存在を許すことだ。梗概ではマウリがヒーローだということだったが、エーネもそう呼ばれる資格はあるはずだ。

 問題点。落ち着いたファンタジー世界で、あまり現代を思わせる要素を出しすぎるのは、ぼく個人としてはあまり好きじゃない。「超」みたいな言葉は、まだファンタジー世界の言葉としては新しすぎるように思う。それと、「観念植物」という発想は良かったけれど、この名前はファンタジーよりもSFのものだという気がする*2

 次に、一角様に見せられる幻の展開が速いので、エーネに父親の違うきょうだいが生まれたことを理解するのに手間取ってしまった。*3

 それと、宦官になったマウリをエーネはうまく男性として認識できていただろうか。もともと男性のいない集落だから男らしい容貌をそもそも判断できないだろうけれど、少なくとも彼は典型的男性の姿をしていないだろう。去勢された男性はホルモンの関係でひげがなくなり、独特の容貌と甲高い声になると聞いたことがある。ついでに体力も落ちる。山歩きは一苦労だ。重箱の隅を楊枝でほじくるようで申し訳ない。ただ、SFの人間として、ついついこうした考証をしたくなる。これは僕の趣味で、小説の美しさとは無関係である。

 あと、ラストの「ということである」は削ってもいいかもしれない。この一節があると、「ん? これは誰が語っていたのかな?」という疑問を持つ。こうした一文を入れるのなら、最初から誰かの語りであることを意識させるような文体にするのがいい。

 

九きゅあ「選択子ノ宮」

 面白い。少年の自立を描く作品はたいてい父親を(象徴的に)殺害するものだけれど、これは母親を殺害している。そういう例は探せばあるだろうけれど、勉強不足で実例が出てこない。申し訳ない。

 とあるユング派の心理学者が*4、ずいぶん昔に日本人、特に男性にとっての母親像はかなり無意識的なもので、多くの人が母の無意識の影響下から脱していない、と口にしていたが、こういう話が出てきたのは面白い。

 この世界が実はシミュレーションでした、みたいなネタは使い古されているけれど、この話についてはきちんと機能している気がした。あとわずかに、何かが足りない気がするのだが、まだそれをうまく口にできない。

 

宇露 倫「ロータス・ブレイヴ」

 気分爽快になる。冒頭の救えなかった子供と、最後に救えた子どもの対比を見ると、きちんと構成というものをしっかりと理解して書いているように思われる。今作の中で、一番実写映画にして観てみたいと感じられた。

 難点として、短篇にしては登場人物が多く、覚えにくいことだ。なので、主人公の同僚は名前を設定せず、ただ同僚として言及し、遠景の人物のようにさっと一筆で描写すれば十分な気がする。それか、もっと人物を統合するか。それか、話全体を長くして、各キャラクターの活躍する見せ場を作るか。そうしないと平均的な読者は覚えきれないと思う。

 疑問点。革製の手袋は有機物なので、無機物を分解する「キューブ」には耐性があるのではないか。

 それと、マナが云々と出てきたが、これは確か太平洋地域の概念であり、カリブ海モントセラト島ではあまり縁がないのではないか。もしかして太平洋地域の人々が積極的に移民したのかと思って調べてみたが、九割以上がアフリカ系の住民だそうである。全然違う文化は、現地で実際に混交していない場合、混ぜない方がいい。

 

藍銅ツバメ「ペテン師モランと兎の星」

 嘘つきの悪党が平和をもたらす愉快な話だ。ヒーローというよりもトリックスターな気もするが。相棒のバニーガール*5に騙されて救済者に収まるという話も楽しませてくれる。語り口も優しいので、いい話を読んだ気になる。同時に、自分の顔と相手の顔がわからなくなるドッペルゲンガー的な不気味さも適度にある。

 ちょっとナナリナがモランと関係を持つのが早いかな、ってことは思ったけれど。現に、彼女が説明もなく出てきて、急に話の中心に出てきたので面喰った。名前だけでも早めに出して、親しい仲であることを示した方が違和感は減ったはず。

 

 以上。

 残りは自分のを除いて六作。平日はどれほど読めるかわからないし、月曜日に予定が入るかもしれないが、火曜日と水曜日に三作ずつ読めば間に合うはずだ。

 

 

*1:チョコボかなんかのそんなゲームがあった。

*2:個人の主観と偏見だ。

*3:こういう展開の速さは僕もしょっちゅうやってしまうので気をつけたい。

*4:たしか河合隼雄

*5:ウサギが聖なる動物である世界に、ああいう煽情的なコスチュームがあるかどうかはわからないが、文章全体のユーモラスな感じのこともあり、まあいいか、って思わされた。ちょっと例は違うが、なんだかんだで奈良で見かけるせんとくんの例もあるし。