第5回の講座(10月17日)のための覚書

 

 

ミュルラの子どもたち – 超・SF作家育成サイト

 子供の頃、こんなことを考えていた。もしも僕らが両性具有だったら、男女差別なんてなくなってしまうのではないか、と。

 今にして思えば、それはあまりにも単純すぎる夢想だった。たとえ僕らが雌雄同体の生き物であったとしても、たとえば子どもを持つ人生と持たない人生の対立はあっただろうし、さらには交際相手の獲得に伴う様々な競争からは自由にはなれなかっただろう。とにかく肉体を持った存在様式とは厄介なものだろうし、もしも純粋な情報で構成された生命体になったとしても、生き物の業からは完全に解放されることはないんじゃなかろうか。

 さて、本題である。今回、僕は雌雄同体となった人類の子孫を描いた。物語は一人称*1で進むため、客観的にどのようになっているのかがやや分かりにくいのだが、要するに人類の一部が光速で飛ぶ情報体となってとある惑星に飛来し、そこを植民しようとしているのである。しかも、自分たちの肉体を大幅に改変したうえで、だ。自分たちを半ば植物のような存在とし、それによってテラフォーミングも行うという、少々乱暴な手段までも取っている。しかも、現住生物を根絶しようとしているあたり、実は過激派なのではないだろうか。

 で、この作品を書くことは、自分にとっては一つの挑戦であった。まず、性別がない世界を想像しなければならなかった。そして、そこではどんな文化が存在するだろうか、どのように繁殖を行うか、も考慮しなければならなかった。彼らが総排泄孔しか持たず、性器を持たない部分は、この辺りから考えられた。生命の樹から生まれる彼らは原則として性行為が必要ないのである。ただし、肌と肌を触れ合わせること自体は、親愛の情の表現としては頻繁に行われ、陰部に触れる時間は身体の他の部位と比べ、相対的に長い。おそらく性行為の名残だろう。

 話を戻そう。自分はこの世界を、単純な楽園としては書きたくなかった。少し古いSFなんかを読むと、たとえば性や裸体に対するタブーが失われた未来や*2、婚姻が一生続くものではなく、契約式になっているとか*3、そんな描写があるけれど、僕からすると、そこにかえって古さを感じてしまうのだ。性の規範が非常に厳しかった時代ならともかく、事実上なんでもありとなった現代において*4、性の自由の謳歌を書いても、読者に新鮮さを感じさせることはできない気がする。*5

 そういうわけで、性の自由を楽しんでいるとはいえ、彼らはそれを普通だと思っているし、ことさらユートピアだとは思っていない、そんな世界にしたかった。それができたかどうかはわからない。同時代性があるかは自信がない。少なくとも、十年くらい前になら同じものが書けた可能性もないではない。

 ただ、自分の性的指向にはまったく響かない、排泄の描写を含めたのは、僕自身の性的幻想でストーリーを歪ませることを防ぐ意味はあったのではないか、と思われる。ついでに説明しておくと彼らには乳房も乳首もない。

 個人の好みに引きずられるストーリーが出たついでに話しておくと、今回とても役に立ったのが、アマサワトキオ氏のアドバイスの「別にアフアはリュリュを裏切っていないよね?」という部分だ*6。どうも自分はすぐに男を裏切る悪女あるいはそれに類した存在を物語に持ち込みがちなので、そっちに話の流れを持っていかれないようにすることができてよかった。初期の原稿では、アフアはリュリュを出し抜いてヴァンと結ばれる、そんな設定だったのだ。

 なお、性別のない世界で困ったのが、作中では代名詞「彼」「彼女」が使えなかったことだ*7。困るって程のことではないし、文体によってはそもそもこんな翻訳文じみた代名詞なんて使わないって人も多いだろうけれど、ここは注意を払った。兄弟もすべて「きょうだい」表記とした。

 そうそう、今回はナボコフ「アーダ」から名前を拝借した。*8ただ、もう今後はこういうことはしたくない。元のキャラクターの人間関係と混同することがあるからだ。名前を間違えたのはそれが原因だ。それに、ひけらかしはもうしたくない。

 

 

アムネジアの不動点 – 超・SF作家育成サイト

 以前、書物を利用してパラレルワールドを移動する話や、パラレルワールド同士が混ざってしまう話を書こうと思っていたのだけれど、今回はそのイメージから着想を得た。ただし、原稿用紙五十枚に収めるために、かなり設定を削っている。というか、その話が頓挫したのは、設定の細部を詰めることに夢中になって、登場人物の性格付けや背景を怠ったからだ、と今振り返ればわかる。

 もしもこうだったら、という空想が好きなので、前々から書きたいテーマではあったのだけれど、よく考えてみれば、自分はアクションを書くのが得意ではなく、さてどうしたものだろうかと今から悩んでいる。*9登場人物が屁理屈を戦わせて面白いものにできれば、それでいいのだけれど。

 

 

長距離を移動し続けるお話を書いてください – 超・SF作家育成サイト

 長距離を移動するというテーマが与えられたけれど、あえて変化球で、原子核から外側の電子軌道まで旅をする極小の存在を主人公にしようかと、実はちょっとだけ思った*10。ただ、課題の意図しているところと少し外れるかもしれない。要するに、旅をするという単調な話の中で、語り口や切り口を変えることで、どうやって読者を楽しませるか、が主眼な気がする。そういうわけで、この方法で書いてもいいのだが、そうするときにはかなり配慮をする必要があるはずだ。たぶん、全然違う話を書くことにすると思う。

*1:前作の評判が良かったので、三人称から一人称に切り替えてみた。

*2:アシモフ「神々自身」の月面基地ハインライン夏への扉」の浜辺、その他いろいろ。

*3:クラーク「幼年期の終わり」、ティプトリー・ジュニア「輝くもの天より堕ち」、なんかを参照。

*4:世界中すべてがそうなったわけではないけれど。

*5:ついでながら、個人的にショックを受けたのがグリムウッド「リプレイ」で、サマー・オブ・ラブ以前に未婚の男性が女性に性交をしようと持ち掛けると「私を娼婦だと思ってるの?」と怒らせた場面だ。もっと驚きなのは、女性が手で男性を喜ばせることならセーフだと見なされていて、なんというか性の解放以前は、日本の風営法かなんかみたいに、不思議な道徳が支配していたのだな、と思わされた。ただ、この辺の話は年代を正確には調べていない。閑話休題

*6:ツイッターのDMを経由してpdfの形でいただいた。

*7:最近講座でも話題になってるテーマだ。

*8:一応パラレルワールドSFに分類されるが、内容は実の兄妹の肉欲にまみれた生活を無駄に教養ある文体で延々述べる小説である。

*9:第1回のときも同じこと言ってたな……。

*10:例えば原子そのものに対して原子核は5桁ほどの大きさの違いがある。