早速の感想に感謝……!
「私の足は速く、私の手を逃れる敵はいない。私の弓は遠くまで届き、眼も鋭い。」の描写はいいわあ。……(略)……「私たちは一歩進むたびに他の者を置き去りにする。私の弓を張るためには、多くの人間の力がいる。そして、私の矢を手入れすることは栄誉だとされている。」がまた、格好いいわ。
宇部さんに、「事」への照れみたいなものを感じたりしますが
……!?
以下、感想
中野 伶理「青の軌跡」
二人の少女、いや、大人の女性か、その関係はいいものだと思う。ただ、梗概の時点で指摘されていた問題だが、明らかに原発災害や放射能がモチーフになっていることが透けて見えて*1、作品の評価は厳しくならざるを得ない。
たとえば、汚染された地域で人がはっきりしない原因で弱っていくというよりも、もっと具体的に感染症である、という風に明確に設定したほうがいい。このままではどうあがいても放射線としか読んでもらえない。
それと、研究者が疲れているからといって再現性のない物を実験にいきなり使うか、というと、かなり疑わしい。よほど強い動機が必要*2。
藤田 青土「Air Cities Industry」
箱庭世界ものが好きなので期待していた。ただ、この作品の最大の問題点が、地球外生物の扱いだ。もしも科学者が地球外の微生物を手に入れたら、その生態を理解するために、何としてでも地球上の物質や生物で「汚染」することは避けようとするはずだ。ましてや、地下で暮らしていて二度とサンプルが手に入らないであろう状況だったら、死んでも*3再現性の得られない実験には使わないだろう。こんなことをするにはよっぽど強い動機か狂信が必要で、その根拠が描かれていない。
それと、ミニ惑星のスケールと、そこに植えられる生物の縮尺が、若干おかしい気がした。
泡海 陽宇「カッシーニから君へと届く物語」
これは、途中なのか完結したのか? 最後の句点が打たれていないので解釈に困った。物語もやっと始まったところ、な感覚。
それと、個人的な感覚だが、あまりにも有名な作品の冒頭をまねするのは基本的にはやらない方がいい。意図的に漱石のパロディをやるつもりがあるなら別だが、そんな意図は全く感じられない。そうしないと滑ったギャグみたいになる*4。
一徳 元就「日曜ラッパー」
最初から最後までラップ*5で通した方がよかった気がする。真ん中の一般的な小説の文体に戻った瞬間、我に返ってしまうので、そんな得体のしれない肉が激安スーパーで売っているわけがないだろうと、現実に戻ってしまう。オチはちょっと笑ったが。
揚羽はな「マイ・ディア・ラーバ」
今回の実作の中で一番よかった。ラーバがやたらとかわいいし。というか、こればっかりは経験者しか書けないものであり、自分自身の感覚を見事に作品にしている。前回以前の作品のように、明確なツッコミどころや瑕疵もなく、この人の作品の中では一番好印象だった。とにかくかわいい。実作の中で群を抜いてかわいい。やっぱり空想じゃなくて自分の直接見聞きしたものがベースになっていると破綻しにくいのかなあ。ちょっとずるい。
遠野よあけ「空白・父・空白」
暗い社会を表現しようとしているのはわかるが、そこまで暗くない気がする。娘が進路先に空白を望んだ、空白を書いた、といういろいろな解釈が可能な文言も、多分生かしきれていない。単純に短いのだろう。
SFというよりは寓話であり、ハードSF好きとしては地球人とエイリアンのハーフ*6という設定にものすごくツッコミを入れたいのだが*7、さらに、移民問題で世界が揺れている今、移民のような侵略者を書くことの意義は何か、などと設定にも難点があるように思われる。
以上。
*1:そのつもりがまったくないとしてもそのように読まれやすい条件が多すぎる。
*2:学生がそんなことしたら指導教官に口頭でぼこぼこにされる。
*3:こういう表現は好きじゃないがあえて使う。
*4:実はここだけの話、人のことが言えない。「今日、ママンが死んだ」というのはカミュ「異邦人」のあまりにも有名な書き出しだが、今回の拙作でちょっとだけ意識している。「もしかして昨日だったかもしれないがそれはわからない」と続けていないので許してほしい。それと、この引用は記憶に頼っているので不正確だったら申し訳ない。部屋が汚くて新潮文庫が取り出せないのだ。
*5:かどうかについては無知なので判断を差し控える。
*6:この呼称にも問題があるという議論があり、まじめに検討すると長くなる。「ダブル」という呼び方はどうかという提案を聞いたことがあるが、それではクォーターやヒスパニック系カナダ人と在日韓国人の間に生まれたアメリカ国籍の子供みたいに、ルーツが三つ以上にまたがる場合はどうなるのか。茶化しているのではない。おそらく社会のリアルに僕らの語彙が追い付いていないのが現状なのだ。
*7:どこかのポピュラーサイエンスの本で読んだのだが、人間とキャベツの間に子供が生まれるよりも確率は低い。並行宇宙の人類が侵略してきた、ならかろうじてわかる。