最終課題:ゲンロンSF新人賞梗概感想、その2

 

 昨日はさんざん長話をしたので、今日は早速本題に入ろう。

 

■古川桃流「老舗の品格」

 盛り上がるポイントが複数考えられているのがいい。作者が自分の得意なジャンルを自覚しているのもいい。

 ただ、他人の顔色をうかがってきたはずのヨシノが「商売をバラされたくなければ言うことを聞け」とアラタに詰め寄るのは考えにくい。梗概では言及されていないが、こういう性格の変化のきっかけとなる事件が起こるのだろうか? そうでないのなら、逆に気が強すぎて周囲から煙たがられて、退職せざるを得なくなると考えるほうが自然だ。

 それと、どうして逆説的に「品格」をタイトルに選んだのだろう? 技術面からタイトルを選んだほうがいいのでは? アイロニー

 

■榛見あきる「踊るつまさきと虹の都市」

 なんだかすごそう。

 チベット仏教については「死者の書」を読んだきりでほとんど知らないし*1、舞踏についても無知なのだが、そうした読者に対してどうやってわかりやすく情報を伝え、かつ楽しませるかが課題となるだろう。かなり難易度が高いが、「無何有の位」という実績があるから期待できる。

 それと、完成したら参考資料を教えてください。

 

■よよ「うつろね」

 深刻なテーマだが、舞台が美しく繊細に表現されており、押しつけがましくない。押しつけがましくないというのは、明らかに政治的なテーマを含んでいるのだが*2、物語が政治的なテーマからしっかりと独立して一つの生命を持っており、女性による女性の抑圧というテーマに奉仕するだけになっていない。なので、ぜひぜひ読んでみたい。

 角の扱いも面白い。日本文化のコンテクストからは、当然蛇と化す鬼女が連想されるが、ここでは同時に男性原理も予感させており、意味が多重になっている。

 小説・物語とはこういう多重の意味を表現するのに適した手法だ。自分の感じている言い難い戸惑いを解剖するのとは違うかたちで、もやもやを整理整頓できる。

 

■式さん「我が東京ドームは永久に不滅です!」

 期待のバカSFだ!

 たぶんツッコミを入れたら負けなのだが、とりあえず「NO SUMOKING DIMENSION」のような過剰さで読者を圧倒してほしい。ただし、そこでやったダンテ「神曲」をすべてなぞるようなことはしなくていい。読者のついてこられる過剰さと飽きさせる過剰さを峻別できれば勝てる。

 

■岩森 応「スターラー毛布」

 私生活で大変だとのこと、お疲れ様です。

 この梗概は実験対象にさせられたもう一つの地球が舞台で、そこではある種の場がかぶせられ、そのせいで奇怪な現象が起こっている、という理解でいいだろうか。だとすれば、何のためにそんな実験が行われているのか、そしてそのある種の場の正体とは何か、をはっきりさせると、梗概がぐっとわかりやすくなるはず。

 それと、舞台が実験対象だということは明確にせず、読者の想像に任せるか、漠然とにおわせるかくらいにしておくといい。箱庭世界が舞台だったというのはやや反則だ。というのも、どんな変なことが起きても、実験だったらしょうがないよね、となってしまうからだ。

 あとは、コンビニあるあるなんかを小説にしたいのだったら、先行作品の研究も大事だな、と思う。大森氏のNOVAに収録されている牧野修「黎明コンビニ血祭り実話SP」やアマサワトキオ「赤羽二十四時」がある。もう読んでいたらごめんなさい。

 

■渡邉 清文「メドゥーサの合わせ鏡」

 こういう神話ものが好きなのだけれど、ナルシス(ナルキッソス*3)には自分しか見えていないのでメデューサの攻撃が効かないという設定、この時点で最高。あとは自分しか見えていない彼がヘファイストスを誘惑できるかどうかが心配だが、何とかなるだろう。

 

 以上。

*1:あとはずっと昔にダライラマ十四世の自伝を読んだ。

*2:女性も活躍しようと思えば活躍できる、という設定が憎たらしいほどうまい。

*3:【追記】めんどくさいことを言うと、こっちの表記のほうが原音に近いから好き。とはいえ、わかりやすさを優先すべきケースもある。カストルの兄弟はポリュデウケスよりもポルックスのほうが通じる。さらに表記の問題に入るとヘファイストスかヘパイストスかというのもある。要するにφの音をどう表記するかで、どっちも正しいが、アフロディテとアプロディテのように、φを含んだ名前が別にあるのに、「フ」か「プ」かのどっちかに統一されていないともやもやする。あとは長母音をどうするかというのもあって、オリオンも正しくはオーリーオーンだが(以下略)。