宇部詠一(ubea1)のブログ

ゲンロンSF創作講座をはじめとする物事の覚え書き。

最終課題:ゲンロンSF新人賞【実作】感想、その5

■いただいた感想

 ありがとうございます。

 良くも悪くも老獪な人物は書けず、どこかお人よしな善人か鈍感な凡人になってしまうの、きっと資質なんだと思う。

 

 以下感想。

 

宿禰「粘菌の原」

 しっかりまとまっている。一読しただけでこれが何の話かがよく分かる。これはプラスとマイナスの両方があって、プラスの面としては読者がどのように読めばいいのかがよくわかる点だ。マイナスの面は既視感が強くて、現代に書かれる必然性が弱いこと。確かに、現代的な面を出そうとして、黒人差別らしいものを取り込もうとしているのだが、個人的にはうまくいっていないように思う。

 うまくいっていない理由の一つは、この要素がないほうが、物語がスムーズに進むと思われることだ。二つ目は、そもそも地球から離れた共同体で、色が薄いほうが美しいとされる価値観がそのまま安易に継承されるかどうかはわからず、幾分不自然であるということ。地球の文化をそのまま無批判に持ち出したからかもしれないが、この時代にあって何の配慮もなく生のデータを再生させることはないんじゃなかろうか*1。それに、ママに何か含むところがない限り、なんとしてでも差別の再生産の発生を防ごうとするはずではないだろうか。そして、第三の理由は、そこで描かれる黒人差別があからさまに過ぎるということ。

「いや、人種差別は根深い問題で、三十年前と状況は変わっていないのだ」という意見もあるだろうが、今のアメリカで起きているのは「アフリカ系をはじめとしたマイノリティの社会的地位が向上した人がこれだけたくさんいるのに、まだこんなに差別が残っている」みたいな側面もあり*2、事態がさらに複雑になっている。単純に三十年前と同じような状況を書いても、現代の人に訴えかけるところは、少ないのではないだろうか。

 そういえばなんで女性だけの共同体になったのだろう、それもよくわからない。それに、誘惑者の男性が、まるで性的な欲求のみから動いていたようにも見えて、こいつはスパイとしてどうなのか、みたいなところも気になった。

 作者の生物学SFっぽい雰囲気は結構好きだ。問題は、生物学を人間*3に当てはめるときは、歴史的な経緯から幾分配慮が必要だということだ。この辺の価値観、十年もすればどんどん変わってしまう。

 

■松山 徳子「手紙」

 好きな方向性。だからこそ、とても残念に思っているのが、天国の消滅をクライマックスではなく、冒頭にもってきてしまったことだ。結末近くに、今まで頼りにしてきたつぼみちゃんがいなくなってしまったら確実に盛り上がったことだろう。確かに、天国の消滅後、人々が悩みを抱えた世界を舞台にした作品も魅力的ではあるけれど、ノゾミが天国に行かないことを選んだあとで、天国が消えてしまう出来事が起きるほうが、ノゾミはこれを予感していたのだろうか、みたいな葛藤が起きて、少なくとも感情の起伏の大きな話にできると思う。それに、つぼみちゃんがいなくなって苦しんでいるヤエが、周りの大人を励ますようになる過程を描けば、主人公の成長を描くという意味で、ずっといいものになるんじゃないだろうか。

 冒頭の説明もちょっと長いかも。SF読者ならもっと短くても設定を悟ってくれる*4。でも、この作品にはすごく好きなところがあって、等号をトンネルにたとえたところ。すごく魅力的な比喩だから、この比喩を最初から最後まで通して、何かに迷ったときにはトンネルの中にいるようだ、という感覚であることを描写したらどうだろう。きっとノゾミだったらこの答えはわかるのに、どうしてここにあなたはいないの、的な感じで。

 あるいはタイトルに呼応させて、出す当てのない手紙を書くことで喪の作業を行う、とか。

 

■東京ニトロ「僕らの時代」

 六万字という長さを意識させない面白さ。長さで失格になっていなければ、大賞の最有力候補だったことだろう。ここに描かれているのは架空の近現代史に見えるけれども、実際のところアメリカで起きていることほぼそのままであり、いまだに東京オリンピックはどうなるかもわからず、舞台はまさに現代、僕らの時代である。過去の作品と比べても一番面白かった。

 特に、今までの作品の中では、一番個人規模の出来事と世界規模の出来事がきれいに連続しているというか、無理なくつながっている、そこに好感を持った。小さな悪意と大きな悪意によってその二つが接続されるのは、世界が悪意でつながっていくというテーマとも一致している。

 問題は、三人の学生がディープフェイクと世界の滅亡に走る理由の描写が少し曖昧だったということだろうか。そこの書き込みをもうちょっと濃くして、大森氏の指摘の通り、ハヤカワSFコンテストに出すといいのではないか。それと、この作品は量子論SFで散々やられてきた、意識が世界を作るとかエヴェレット解釈的なパラレルワールドとかそういうのがテーマで、走馬灯を利用したある種壮大な夢落ちになっているので、そこら辺の既視感もどうにかしてほしい*5

 それと、プルーストってこの作品の雰囲気に合うかなあ、というか、プルースト引用するとき、みんなマドレーヌの話しかしないよね、いや、一番有名なエピソードだし、それ以外の引用をしても未読でわからない人が多いだろうけれど、この引用はさんざんされてきたから、たまには別のところからの引用も読みたいなあ。*6*7

 

■一徳 元就「ここもあちらも粘る闇」

 短歌や詩でAIとコミュニケーションを取るという設定、とても面白そう。掌編程度の長さであっても、どれだけ短歌を作らなきゃいけないかを考えると、すごい手間だけれど*8

 別の知性体と数学や音楽でコミュニケーションを取るというのはあるけれど、短歌は初めて見たかもしれない。そういうのがあったらぜひ知りたいなあ*9

 

■揚羽はな「ヒカリゴケと人魚」

 面白かった。当初の予定のように、野口英世をそのまま出すよりも良かった。

 医学・生物学的に正しいかどうかはわからないので、それ以外の部分を。これは、危機にあたって芸術家には何ができるか、という話でもあるのだと思う。芸術だけではなく、危機が起きたときに専門外の学者は何ができるのか、という問いも含んでいるのだろう*10。人物の描写もそれぞれキャラが立っているのでスムーズに読める。

 これは、撤退の物語であるにもかかわらず、読後感はいい。しかも、幼馴染との再会というべったべたに甘い話であるにもかかわらず、いやな感じを受けないのは、たぶんSFとしてきっちりと理論で押している部分があるからで、甘みと苦みのバランスが適当なのだ。ロッククライミングの高度と放射線の線量とか、重力の弱い火星という設定ともしっかり絡んでいて、伏線が一番緊密で、よく練られた作品の一つだった。

 だからこそ、終盤の火星というか太陽系以外からの遺伝子によって寄生されるかもしれない、あたりからの展開がすごく急で、ここからの葛藤ももっと書いたらよかったのかな、とも感じられた。要素としても、未知の感染症、火星植民、幼馴染の謎、とかなり詰め込んでいるので、もう少し長く書ける気がする。いっそのこと長編にしてもいいのかもしれない。今のままだと息切れ感が無しとは言えない*11

 あとは、SF的な設定で、AIの診断に人間が勝つという部分、序盤にもうちょっと伏線があるといいのかも。効率化のためにカットしている機能がある、みたいな会話がちらりと入るとか。今でさえAIに勝てないんだから、この時代にAIに勝つのって相当厳しい条件で、だからもうちょっとエクスキューズが欲しい。

 とはいえ、やっぱりレベルは高い。愛らしい見た目でありながら、しっかりとハードなSFであった*12

 

■遠野よあけ「木島館事件」

 文系SF。様々なアイディアが潤沢に投入され、SF的想像力についての論点・視点が投入されたうえで、連続殺人のフォーマットに落とし込まれる。おかげでとても読みやすくなる一方で、京都アニメーション放火事件からは少し隔たってしまった感じもあり、解釈する上での苦しさも感じる。この辺の解決は「恩寵事件」で触れられていたのだろうか。

 こう、村上春樹没後の世界の描写を読んで、そうだよなあ、人間って順番に退場していくんだよなあ、と妙にしんみりしてしまったのだけれども、奈津流の亡霊が出てくるのはそれこそ「1Q84」の天吾の父親の亡霊みたいで*13、こういう目配せのようなものは僕が見つけられていないだけで、他にもたくさんあったんじゃなかろうか、とも思う。

 ただ、これもやっぱり冒頭の説明に比べて後の展開がとても速い気がしていて、これは恩寵事件と合わせて、ハヤカワSFコンテストに出すのがいいんじゃなかろうか、って気がしてしまう。数えたわけではないが、あの賞はメタSFというか、SFというジャンルそのものに対してかなり評論的・自覚的な作品の割合は比較的高かったように思う*14*15

 その加筆によって、ここで焼死した七人はいったい何にとらわれていたのか、何に呪縛されていたのか、そこが解き明かされるところを見てみたい。それとも、そんなことをしたら常識的なものになってしまうだろうか。一切の理屈を拒絶する炎によって、書物はすべて燃えてしまったほうがいいのだろうか。僕にはよくわからない。

 ところで、〈づ竜を二←す→あ命さ実みはえよふたろほ×ん↓↑○美な海脳安純が点る足山☆うだ瓶青もはがへ。〉以下の文字列が、SF創作講座の受講者のペンネームや作品から来ている文字が混じっているように見えて、幾分ぞっとしたのだけれども、気のせいだったのだろうか……。気のせいだよね……。

 

 まとまらなくなってきたが以上。

 

 これにて、ざっくりと読んだだけではあるが、全実作感想完了。

 皆様、お疲れ様でした*16

*1:風と共に去りぬ」に注釈をつけてから再配信、みたいなニュースがあった。

*2:我ながらこれはかなりの暴論である。問題はもっと入り組んでいる。これはあくまでもごく一部。

*3:あるいはヒューマノイド、エイリアン、その他人間に近い存在。

*4:逆にすごくSF慣れしているわけではない読者に向けてだったらこれくらいでちょうどいい可能性はある

*5:量子論SFってこういうのが多い。

*6:あくまでも純粋に個人の趣味の話です。

*7:自分へ。「失われた時を求めて」を形だけでも完読したぞアピールは見苦しいからやめましょう。

*8:手間と原稿料との比率を考えて……。

*9:禅問答でやりとりするってのはあったはず。

*10:自分も原子力発電には思うところはそれなりにある。

*11:ごめんなさい……。

*12:ハードにするには自分の専門分野である必要があるのだろう。

*13:あれよりは理性的に会話が成り立ちそうではあるが。

*14:ここまで書いてきて、なんでわざわざライバルを増やすような提案をするのだろう、と思った。

*15:文字数を膨らませるにはSF的にはMexholeの開発秘話を書く手もないではないが、どこまで本筋・テーマにに絡むかどうかわからない……。

*16:ちょっと早いか。