第4回ゲンロンSF新人賞選考会結果、それから第5期生へのおせっかいなアドバイス

 徹夜だった皆さんはそろそろお目覚めだろうか。

 自分も余韻が抜けたのが、ついさっきのことだ。とても楽しく、かつしんどく、それこそ怒涛のような一年半だった*1*2

 ひとまず、気持ちの整理も兼ねて、昨日の出来事についてざっと書いた。

 そして、5期生へのアドバイスも一番下にまとめておいた

 

 以下、選考結果。

 

■まずは幸福なことである

 最終選考に残りはしたが、評価はまったく芳しくなかった。他の作品がほぼ団子であったにもかかわらず、自分だけ最上位とはおおよそ倍以上も差が開き、厳しいコメントが相次いだ。正直、その日は小説を書くという趣味から撤退したくなったし、何だったら読書も一切やめたくなった。さらには創作のために新しい知識を頭に入れることさえ厭わしく思われた。絵画や音楽の鑑賞でさえ。つまるところ、自分の生活を支えている趣味の9割に対して無意味さ空疎さを覚えた。最終選考などに残らなければ、こんな思いなどしなくて済んだのである。

 しかしながら、よく考えてみると、これほど多くの読者から、プラスとマイナス両方の評価をいただいた例は稀有で、それだけでも、1年間受講した意義は大いにあった。講座受講生・卒業生、ダールグレンラジオ関係者、それからキャリアの長い作家・編集者との受け止め方の違いを知れたのは大収穫だ。厳しい意見も直視することで、自分にとって文章を書くとはどういうことか、ひいては自分の人生で重んじたい価値とは何かについての思索を、深めることができるだろう。

 

■気分的なこと

 講評中、語り手がひたすらにダメ男と呼ばれ続けるので、語り手と属性の多くを共有する自分としては胃がきりきりしたし、全身がほてり、時には屈辱感も覚えた。とはいえ、冷静になって考えれば、語り手はあくまでも作者のカリカチュアでしかなく、弱い部分や愚かな部分を拡大して見せたのである。ダメ男と受け止められたのは、むしろ作戦成功だ。それに、主人公と作者は混同されてはならない。これは、他の人の作品を語るときにも厳重に守る必要のあることだ。

 このままでは同人作家にしかなれない、というプロ作家からのコメントもまた厳粛に受け止めたい。と同時に、自分は本当にプロになりたいのか、ということも熟考する必要がある。自分は、プロになりたいかと尋ねられたときにうなずいたので、ここまで厳しいコメントをいただいたと理解している。だから、これは屈辱を覚える筋合いのものではなく、むしろ一人の見習いに対して、同人とは一線を画する*3プロから敬意率直さをもって扱ってもらった、と判断したい。

 プロというのは、常に一定のクオリティを出さなければならず、楽しいばかりではやっていけない。アマチュアは基本的に楽しさのみでもやっていけるが、プロはお金をもらっている以上そうもいかない。しかも、絶対に逃げられない。働いてお金をいただくことはそれだけで大変なことだ。

 そういう意味で、何よりも楽しんでやりたいのだということを優先するのだったら、プロ以外の道も真剣に検討するのも、けっして恥ずかしいことではないと思う。小説を書くことのみならず、こうして自分の感じていることを素直に書くことにも、同じ程度の喜びを感じている人間が、書きたいことを書きたいように書けないこともあるプロの小説家になって、果たして幸福かどうか、そこはじっくり考えないといけない。

 そういう意味では、プロとして生きることのつらさを教えていただけたのは、とても親切なことであった。帰りのタクシーのなかでひどい車酔いになりつつ、幾分の怒りや嫌悪、屈辱感や嫉妬を全く感じなかったかといえば大嘘だし、何だったら二度と小説など書くまいという思いも浮かんできて、眠りに落ちるまで相当時間がかかったのだが、自分の穏やかな生活を引き換えにしてまでもプロになりたいのか、どこまで自己を芸術に差し出せるか、そこを問えというのは、プロになることをただの憧れではなく、生活の一部、現実のものとして考えてくれ、という大先輩からの励ましであり、叱咤激励であり、愛情であり、選択を迫る声と受け止めた。

 長い人生である。もっと年齢を重ねてプロになる運命かもしれないし、こうやって同期を励ますことが自分の役割だったのかもしれない。創作するうちに小説の読み方が少しだけ精緻になったこともまた、財産だ。また、創作する楽しみの中の自己顕示欲についても、きっちりと片をつけたい。SF雑誌に自分の名前が載ったらすごくうれしいが、読書という趣味を共有し、作品についてああだこうだ話す時間もまた、自分にとってきっと同じくらい尊いことだ。

 やれやれ。ここまで書いてきたら、気分もだいぶ晴れてきた。

 

■個人的にいただいたコメントをまとめよう

 名前は伏せる。正確さを期するためにyoutubeで聞き直してもいいのだが、厳しいコメントに対して、もっと指摘してください、勉強になります、とビクビクしている自分の姿は見たくないので、とんでもない悪筆のメモ用紙から書き起こす。不正確だと思うし、つながりをよくするために、順序を入れ替えたりパラフレーズしたりしている個所もあるので、正確な文脈を知りたい方はぜひぜひ動画をご覧ください。面白いので。

  • メタフィクション的に、ダメな感じの男の子が失恋の話をしつつ、作中作でアラビアンナイト風のものを語り、さらに作中作があって少しずつ相互に関係していく。
  • 共感できない主人公ものだ。
  • セールスポイントはどこか。
  • 自覚的に作っているのだろうか。たとえば、スネ夫がそのまま大人になったような登場人物が出てくる。おそらくわざとやっているのだろうが、この作者はヤバいやつなんじゃないか、大丈夫なんだろうか、と不安になる。
  • その点に関しての違和感はなかった。私は、主人公はこういう人なのだな、と素直に受け止めた。
  • 自分の考えの中で自己完結している。ダメさ加減は身近でリアル。今回の芥川賞、遠野遥「破局」の登場人物と比べると、極端さは少ない。創作講座に出席している男性の多くが身につまされることが多いだろうし、面白い。もうひとつ面白いのはメイキング的なところだ。円城塔「エピローグ」よりも「プロローグ」のほうが面白いのと同じで、読者のするであろうツッコミをすべて言っていくタイプの作品*4。一応SFとしては、こういうのもアリだと思う。
  • 物語を執筆するなかで現実が影響を受けていくが、現実世界サイドの出来事をもう少しコミカルにしてもいいかもしれない。軌道エレベータで急にSF的になったね。
  • 軌道エレベータを出しただけでSFを名乗るのは甘いのではないか。
  • 私は、現実では何も変わっていないように思われた。私は、こういう作者の葛藤は人様にお見せするべきものではない、と考える*5。言い訳が書かれていれば、読者としては腹が立つからだ。楽をしているように受け止められる。
  • こういうことをやるのなら、リアリティーショー的な面白さが必要なのでは。
  • もう一つやめたほうがいいのは、テッド・チャンへの言及。プロでも似たような話題作が出たらその作品は1、2年ほど寝かせる。わざわざぶつける必要はない。度胸があるともいえるが、そこがダメなところだ*6。それと、作中作の軌道エレベータや、ムスリムキリスト教徒が分かれて住んでいる設定が、私には噛み合っていないと感じられた。
  • 物語がエンドマークを迎えた後も、主人公は何一つ変わっていない。立ち上がるか、もっと駄目になるか、このまま延々とづくことを予感させるか、そこがはっきりしない。作者は書き上げて自己満足してしまったのではないか。
  • 加えて、私はですます調にも反対だ。なぜなら、何も考えずに書けて楽だからである。考えないことを習慣にしてしまうのはとても危険だ。ダラダラした喋りで続けられてしまう。行きつく先としては、同人誌しか書けない人間だ。ですます調は、うまく使えば神の視点として使えるし、あるいは残酷なことが起きていても突き放したような視点を貫けるだろうが、強い依存性がある。私はやめるべきだと考える*7
  • 編集、作者としては面白く読めるが、一般の読者が楽しんで読めるかどうかが疑わしい。依存する対象を小説に限らず、もっと別のものとしたほうが、読者にとって間口が広がるのではないか。点が辛いのはそれが理由。
  • 自分としては、よくあるよくある、と感じることができた。これを書いてしまう気持ちもよくわかる。作者は気づいていないのだが、ブラック・ライブズ・マターやフェミニズムの時代、マジョリティである俺はどうやって小説を書けばいいんだよ、的なのがテーマなのだと思う。だからこそ、幾分唐突に黒人差別の問題が出てくる。それに対して語り手がダメな人というのが重なってくる。とはいえ、自己分析がまだ甘いのではないか。
  • 自覚的にやろうとしているのはわかる。とはいえ、先ほどですます調が甘いと指摘されたのもわかる。河出文庫版の「デカメロン」のですます調はもっとデコラティブだ。なので、やるならあそこまで突き詰めるべきだ。逆に、もっと簡素にするか。
  • 身内受け感。

 

■小浜さん&井出さんのトーク

  • 根本的なところで、登場人物に対して、物語の中でどんな役割を担わせるか、を理解し、コントロールできていないと、長編を書くことなどおぼつかない
  • このお話が存在している外の世界のリアリティはどうなっているのか。言い換えると、作品の中だけではなく、このお話が存在している世界はどうなっているのか、のリアリティのレベルが疑問だ。
  • 無理を承知で長くして、結果的に人物を増やしすぎるパターンが多い。
  • 息切れも多い。
  • (僕の作品は)劇中劇から枠物語への影響が薄い。矢印が一方方向で対等ではない、RPGをプレイしているような感じだ。出来事からのフィードバックにも乏しい。もっと絡みを強くしてほしい。
  • 瑛理ちゃんのパートはうまく書けていた。
  • 文芸サークルあるあるもよかった。
  • しかしこれ、悟りに達しない「ライ麦畑で捕まえて」だ。何らかの形で救済がないと
  • どうして「デカメロン」にしたのか。
  • ロバート・マッキー「ダイアローグ」はいいぞ。
  • 「ひらめき☆マンガ教室」の講義録もいいぞ。
  • シド・フィールドもいいぞ。
  • 二次創作ってのは、キャラを端的に説明しなくてもいい。お前らもう知ってるだろ、的な感じ。

 

■総評、作品選考の後で

  • 今回のレベルは高かった。ハヤカワSFコンテストと比べても遜色がなく、ここまで来たのか、と思った。7人それぞれに力がある
  • 今後が楽しみである。
  • 120枚という枚数にエンドマークを打つだけでも努力、才能の証である。これからも一緒に頑張っていきましょう!*8
  • 毎月提出者が多く、うれしい悲鳴だった。第5期を引き受けることも、正直少し考えさせ欲しい、とまで思った。作家は厳しい世界に生きているが、10年前にデビューした作家で芥川賞直木賞を取った人がいる。これからの10年を楽しみにしている。
  • 毎期、書く力は強くなっている。本当に大事だ。創作することはひどく孤独なことだが、スクールに仲間がいることで、続けるモチベーションになる。それが、こういう講座の意義である。

 

■その他、自分が心に残った言葉

  • 読者を侮ってはいけない。同時に、読者がご存じでない量もまた、甘く見てはいけない。そのあたりの配慮の匙加減が難しい。どうしてこんなことまで書かなければいけないのか、と思ってしまうほど、書かなければならないケースもある。「モナリザ」はみんな知っている。では「グランド・オダリスク」はどうだろうか?
  • 同じ理屈で、異文化や神話も危険。どこまで読者に理解していただけるかどうか。自分をどこまで抑えてサービスができるだろうか。
  • 文化盗用の問題は難しい。責任の取り方の一つとして、現地に行ったという例があるが、現地の人が読むかもしれない、そういう信念をもって書いて欲しい。
  • (帰り際に大森氏から)創元SF短篇賞に出していた頃と比べると、一皮むけたように思う
  • (それと、現地で多くの人から)自分のコメントが励みになった。ありがとう。そうおっしゃっていただけた。

 

■もう1つだけ……

 今回、ゲスト作家からもコメントをいただいたそうなので、それが届くのを楽しみにしている。

 

■あと、最後に第5期生にちょっとしたアドバイス

 自分の経験から、第5期生がどうやったら講座をより楽しめるかについて書く。

  • 梗概は毎回出そう。
  • 選ばれなくても実作は毎回出そう。
    • 書かないと伸びない。書いてもいない作品について空想しても、机上の空論になる。
    • 運が良ければコメントがもらえるかもしれない。
    • 返事がないのもまた返事。
    • 合評会でいいところ、ダメなところをどんどん指摘してもらおう。
    • 合評会をやる人がいなかったら、自分で作ってしまおう。
    • 講座のコメントは概して厳しい。心が折れないように、褒めてくれる人も見つけよう。
    • でも、ダメなところは素直に直そう。
    • 仲良しなのはいいこと。でも、だからこそよくないところは素直に言おう。
    • もちろん、いいところはいっぱい褒めよう。
  • 他の人の梗概、実作は読んで講座に出席しよう。
    • 読んでいない作品の講評を聞いても、効果は薄い。
    • というか、単純に手持ち無沙汰になってつまらない。
    • お金を払ったんだから講座を隅から隅までしゃぶりつくそう。
  • できたら、他の人の作品の感想もアウトプットしよう
    • 漫然とした感覚ではなく、言語化すること。
    • 単純な好き嫌いでも、たくさん書くと立派な体系になる。
    • 結果、自分は何が書きたいか、どんな作品が書きたいかがわかってくる。
    • また、自分の創作姿勢、小説に対する態度も明らかになる。
    • 他の人の短所が見えるようになると、自分も同じ誤りに陥っていることに気づく。
    • ついでに、全作品の感想を書くと、他の人から感謝されてうれしいぞ。
    • 負けたとしても、負けるべくして負けたのだということがわかり、負けた悔しさからの回復が早くなる
    • 自分がうまいと思った人が受賞すると、素直に祝福できる。
  • 講座でコメントを頂いたら素直に受け止めよう。
    • できるだけメモをいっぱい取ろう。
    • ノートはいい思い出になる。
    • 聞き取れなかったら、動画を見直してもいい。
    • そして、それもアウトプットしてまとめよう。
    • 定期的に振り返ろう。
    • 自分は何ができるようになったかを確認して、自分を励まそう。
  • 厳しいコメントをもらっても、落ち込まなくていい。
    • たくさんの人からコメントをもらえれば貰えるほど、大まかな方向性がわかる。
    • コメントはどうしても好みが入ってしまう。でも、たくさんの人が同じことを言っていたら、それはかなり精度の高いコメントだ。
    • amazonのレビューと同じ。
      • 否定的なコメントも参考になる。
      • 「難しすぎました」というコメントからは学術っぽい本だってわかるし、賛否両論ある文学作品は、作者が新しいことにチャレンジしているんだってわかる。
    • 自分がどんなことができるか、毎回少しずつ違った試みをしよう。
      • 文体を変える、扱うテーマを変える、書いたことのないキャラクターを出すなど。
      • たとえば、僕はアクションが下手だということがよくわかった。
    • 上のことをやっていると、読書する時間が減るけれども、隙間時間で頑張ろう。
      • もちろん、読んだ本の感想もアウトプットしよう。
      • 好きな作品リストを使って、自己理解を深めよう。
    • 最後に、規則正しい生活を送ろう。
      • 朝まで飲むスクールの受講生の言うことじゃないかもしれないが。
      • 結構、無職率が高い。無職はまったく悪いことではないが*9昼夜逆転が続くと健康を損なう危険がある。
        • 軽い運動、お散歩がおすすめ。
        • 朝は日光を浴びよう!
      • 正直、小説の執筆はすごくしんどい。
      • くれぐれも心身の健康を損なわないように!
        • そういう意味でも外に出ること。
        • 場合によっては友達や受講生に愚痴ろう。
      • 締め切り直前になってドタバタするより、毎日原稿用紙数枚ずつ書くのが吉。
      • 書いたら寝かせてからきちんと読みなおそう。
        • そのためにも早めに第一稿を仕上げよう。
      • 誤字脱字がひどいと怒られるぞ!

 

 思いのほか長くなってしまった。だが、上記のことを実践することで、自分は一度も梗概が選ばれなかったにもかかわらず、最終選考に残り、プロからの視線で直し方を指摘していただけた。もちろん、上位7位の中では最下位であるが、最大限の努力をした結果であり、嫉妬を通り抜けた先には、誇りの気持ちが残っている。

 

 それと、ダールグレンラジオ賞、改めてありがとうございました。

 一年間、お疲れ様でした。

 

 以上。

*1:こういう表現を使うと編集者から「凡庸」の赤字を入れられちゃうんだろうな。

*2:最終選考会を聞いていないとわからないネタです

*3:下にも書くけれど、同人は決して作家の下の存在ではない。別の選択だ。ただ、作家は同人作家以上に厳しい視線にはさらされてしまうのは事実だろう。

*4:実はこの作品に憧れてこういうスタイルを取ったのだが、別の方に怒られました。

*5:別のタイプのメタフィクションだったらOKだったのだろうか?

*6:プロによる作品を出すタイミングについての貴重なアドバイス! 感謝です!

*7:ですます調が好評だった回もあるのだけれど、使いどころが難しいようだ。

*8:この一言で救われました。

*9:うつで休職した友人が、大分元気になった時に、自分を見つめなおしていた。で、給与が高くなくても、友人と遊ぶ時間がゼロになるのは嫌だ、とその人は言っていて、今は幸せそうにやっている。