『「100年後の未来」の物語を書いてください』実作の感想、その1

 なんだか学生時代の文学サークルのノリを思い出して楽しくなってきたので書く。基本的に容赦なく感じたまま述べていくつもりだ。なので、上から目線になっているかもしれないが、そこも含めて率直に生の声を綴っていきたい。だから、逆に僕の作品についても面白くないときは率直にそう伝えてほしい。その方がもっといい作品が書けるようになる、と個人的に信じている。

 それと、やっぱりこれは自分のためで、講師陣との意見の相違を確かめたいというのもある。毎回実作の感想を述べることは、体力的にちょっと難しいかもしれないが、できるだけ試みてみるつもりだ。

 以下、簡略化のため、敬称略。

 

■10010式「211x年のメタガール」

 とてもきれいにまとまった短篇だと感じた。作者と登場人物の掛け合いなんてドタバタSF以来やりつくされたのではないかという気がしていたが、普段こういうしっとりしたものを読まないせいか、新鮮に感じられた。ただし、ストーリーの結論は「物語が変わらない存在であるからこそ、どんどん変化してしまう私たちが救われるのだ」というもので、王道ではあるけれど、すごく新しいSF的な発想というわけではない。でも、こういうタイプの作品はとても需要があると思う。気持ちがいい。

 

■甘木 零「老婆アリス」

 梗概とは少し違った話になっているけれど、実作のほうが何がしたいかはわかりやすい(僕はあまり読解力がある方ではないので梗概の段階では「数年後、訓練を終えたノベルは木星行きの船に雇われる。雇い主はコーラであった」というオチの意味がよくわからなかった)。意識を持たない(と主張する)存在も興味深い。

 しかしながら、ラストのコーラとカタルが融合してしまう部分、きれいかもしれないけれど、ノベルがそれに対して腹を立てなかった理由があいまいな気がする。それと、アイスキュロス(だっけ?)の死因をネタにするのなら、文体を全般的にもっとペダンティックにする方がいい気がする。他に古典に対する言及が全然なかったので、ちょっと取ってつけたようになっている。

 

■榛見 あきる「ブルーだけでは足りなくて」

 タイトルはフランス映画から採ったのだろうか。

 スタイリッシュさとばかばかしさが適度に共存しているし、ネットのライヴ感も百年後における身体論・所有観も面白い。ただし、お嬢様学校のイメージが古いし、「おしとやかに黄色い歓声」という矛盾した表現や、「社交界」に「ホワイトカラー」というルビを振るところとか、細かいところだが気になってしまう。

 それと、一番やりたかったのは百年後の社会学を描写することではなくて、幼児体形の高校生を公衆の面前で作者の好みの色の下着姿にしたり、その小さな乳房を友人に揉ませたりすることだったのではないか、という疑いが濃厚である。作者の願望はもう少し背景に退かせた方がいい。

 

■揚羽 花「Genome Editing ―希望の春―」

 読んでいて気持ちがいいヒューマンSF。文章のリズムが気持ちがいいので、セルロースを消化する人類という、かなりぶっ飛んだ設定も気づくとするりと飲み込まされている。構成もしっかりしていて、伏線の回収もとてもうまい。50枚でこれだけの人数を登場させているのに、それぞれのキャラがちゃんと立っている。

 ただ、よく考えると、命が助かりさえすれば同意なく子供の遺伝子を編集していいのか*1とか、長期予報で寒冷化がわかっているなら対策すればいいじゃんとか、SFとしてのツッコミポイントもそれなりにある。この辺は、どの程度のリアリティを求めるかどうかの好みか。

 

■天王丸景虎「Happy Future Generation」

 書き出しがかっこいいので早く続きを。

 

■今野あきひろ「シロクマは勘定に入れません・・・あるいは100年の宇宙人侵略」

 高橋源一郎は好きですか。

 それはさておき、この人はどうしてSFという手段を選んだのだろう。面白いのは間違いないのだが、どっちかといえば純文学の人な気がする。勢いはある、一息に読ませる、でも、じゃあなんでゲイのVTuberが出てきたのか、自宅がシスティーナ礼拝堂になるのはなぜか、あたりがよくわからない。人と獣が混ざり合い、リアルとバーチャルが混同され、性のタブーがなくなっていくことが百年後なのだ、ということなのかもしれないが、それは明示はされなくて、その辺りも世界がどういう理屈で動いているかがわかってカタルシスを得るSFというより、わからないものをわからないままぶつけてくる純文学寄りなんじゃないかな、って思わされる。好きなんだけどね。

 

 今日はここまで。第2回の講義までには全部読むつもりだ。

*1:生命倫理がテーマなのでここをスルーするのはちょっとつらい