宇部詠一(ubea1)のブログ

ゲンロンSF創作講座をはじめとする物事の覚え書き。

第7回の講座(12月26日)のための覚書、いただいた感想、それからゴリラ人狼について

■ウホウホ(近況)

 ゴリラ人狼をプレイした。

 通常の人狼と違うのは、基本的に全員「ウホウホ」としか喋れないことだ。あとは、うなずいたり首を振ったり、指さしたり、威嚇のためにドラミング*1したりするだけで、ゲームが進行する。

 プレイヤーが人狼*2に噛まれて退場すると、四文字以内の言葉を二つ遺言として残せるので、ゴリラの群れは、その言葉を交えて会話することができる。つまり、「ウホウホ」「ウホウホチガウ」「バナナウホ」という会話が続くのである。

 あまりにもふざけたゲームだと思うが、きちんと人狼があぶり出されるし、気づいたら二時間ウホウホ言っていたので、みんな*3意外とゴリラ適性があるのかもしれない。ただし、プレイヤーが全員ウホウホとしか言わないので、客観的に見て不審すぎるし、ゲームが終わっても無意識にウホウホ言いたくなるので、危険だ。職場でうっかり出たらどうする。

 パーティーゲームとして非常に優秀だと思う。ウホウホ。

 

■いただいた感想について

 皆様、いつも読んでくださり、感謝しております。

SF創作講座を応援するダルラジに出演したよ~ - あたし、めりーさん。今、あなたが心の中にいるわ。

「重力崩壊と私掠船、その船医と強欲な商人」(梗概)

正統派なエンタメの流れなのだが、正統派すぎて意外感がない。まぁでも書いたらうまいからなぁこの人

「アムネジアの不動点」(実作)

最初いきなり走っているところからはじまるでしょ。そういうのすげーうまいなーと思うんですよね。ここらへんまで読者を引っ張れればOKみたいな感覚がご本人にちゃんとあるんだと思う。

シーンの切れ目もうまく物語のギミックとして使えてる。

ただ人物描写が極端に排除されているのと動作の描写が何故か非常に紋切り型かつ種類が少なく心理描写も少なめなので、その辺がこの物語の弱点になってる気がする。後半はセリフで説明しすぎ。最初がいいだけにもったいない。

  やはり、動作の描写には問題があるらしい。複数の人から指摘されているということは、間違いのないことなのだろう。

 人物描写を減らしたのは、かなり意図的というか、会話の中からキャラクターが浮かんでくるようにしたかったのだが、それには成功しなかったようだ。心理描写の少なさも問題とのこと。できるだけアクションで話しを進めようとしたのだが、苦手分野であったせいか、失敗したらしい。自分は外向的というよりも内向的な文章を書いたほうが、いいものになるみたいだ。

 それと、やはりついつい説明してしまうのだけれど、物語のオチを説明以外でやるテクニックは、どうにかして身につけたい。たとえば絵で印象付けるラスト、「猿の惑星*4みたいなことをやれってことなのだろうか。

 まずは、最後まで「でも書いたらうまいからなぁ」を励みに頑張ろうと思う。

 

■梗概について

枯木伝 – 超・SF作家育成サイト

 舞台を江戸時代にしようかと思って、一応「新編・おらんだ正月」を読んで江戸の知識人や技術者について学ぼうとしたのだけれど、これをどうやってSFにすればいいのか困惑し、結局もっと時代をさかのぼることになった。たとえばこの世界がシミュレーションなんじゃないかと疑って伊能忠敬間宮林蔵の探検にどこまでもついていき、ついにはアメリカに密航しようとする架空の人物*5の話とか、陶山鈍翁による対馬のイノシシの根絶についてとか、いろいろ考えたのだけれど、なんだかんだで実際に足を運んだ場所に愛着がわいたので、淡路の枯木神社のことについて調べてみた。

日本書紀」によれば、この国に香木が初めて流れ着いたのは飛鳥時代で、そこから聖徳太子は仏像を作らせたそうで、それを元に話を着想した。今回の梗概はアイディア出しの段階が終わると、割と一息に書けたのだが、また恋愛と樹木の話が結びついてしまったのはなぜだろう。

 実際のところ、今回はルールぎりぎりを狙った感じはある。確かに自分にとってなじみのない分野や時代ではあるけれど、日本史についての知識がまったくのゼロだというわけではないからだ。それに、以前から、何となく日本の古い説話に興味を持っており、そこから影響を受けた可能性は排除できない。ただ、まったく接点がない分野に飛び込んで話を書いたら、自分の場合、調べ学習の発表みたいなお話になってしまう気がする。つまり、事実を伝えることに重点を置いて、物語であることを忘れてしまう。

 そういうわけで許してほしい。

 

■実作について

 中性子過剰核生命体 – 超・SF作家育成サイト

 タイトルは変えた。

 どこかとぼけた味わいがあると評価されるのなら、いっそのことコメディを書いてやれ、と思ったのだが、ご覧のとおり、迷走している。飄々としているのか間が抜けているのかもわからないし、オチもそれでいいのか、みたいな感じだ。

 やっぱり、ハードなのか、どこか幻想的な作品の方が適しているのかもしれない。幻想だけど、実はSFの根拠がある、みたいな。

 どんな時に迷走してるな、ってわかるのかっていうと、提出期限ぎりぎりになって、アクションのように自分の得意としていないはずのジャンルを、手癖で書いてしまったと気づいたときだ。もちろん、原因は自分にあるのだけれど、期限内に提出することを目標として強く掲げすぎているのも理由かもしれない。

 実のところ、原稿用紙五十枚を毎月出すことそのものは何とかなる。毎日必ず机の前に向かえばいい*6。だが、一定以上の質のものを必ず出すということになると、難易度は急上昇するし、アイディアが枯渇すれば、似た話をずっと縮小再生産することになる。現状、古いエンタメの骨格をなぞることしかできていない。

 ひたすら思いついたままの文字を並べることと、しっかりした構造を持つ作品を書くことの間には深い断崖がある、という事実を、ひたすらに見せつけられている気分だ。なまじっか文章を打つことができるだけに、文章をアウトプットするエネルギーと小説の才能はまったく別のものだと、日々直面している。小説は事実を説明する文章とは違い、自分の妄想*7を伝えないといけないので、その妄想にはしっかりと一貫性がなければいけないし、登場人物の感情も容易に了解可能でないといけない。

 現状としては、普通に読めるんだけど、商業に乗せるレベルではないのだろう。何となく最後まで読めるけれど、お金を払ってまで読みたいかといえば、疑問。そんな水準だ。今回も説明的なオチにしちゃったし*8。あー、三カ月くらいじっくりかけて一つの作品を書きたいなあ*9

 

■その次の梗概について

ファースト・コンタクト(最初の接触) – 超・SF作家育成サイト

 実作でファーストコンタクトを書いたら次のテーマがこれだよ!

 そういうわけで、今回は徹底的にハードな作風を狙う。つまり、超光速飛行一切なし。百光年離れたエイリアンとの対話には、往復で二百年かかる。その間、人類の社会はどんどん変化してしまう。共通言語は数学だけだという状態から、少しずつコミュニケーションが成り立つような形にしていく。

 よって、エイリアンの生態の突飛さもそうなのだが、人間社会の変化も丁寧に描写していく必要がありそうだ。どうすればいいだろう。たとえば、サブプロットとしてとある一族の年代記みたいにしていくというのはどうか。

 ただ、世界が変化していくと、血縁の重要さは相対的にどんどん減っていく気がするので、その辺の兼ね合いをどうするかって問題もある。

 百光年の距離は大げさか。ほんの数光年ごとの手紙のやり取りでもいいかもしれない。個人の人生と、コンタクトによって変わって行く人類の歴史の対比、みたいな感じで。別に近傍の恒星でなくても、エイリアンの観測基地がその辺にあった、とか。その中の一族の栄枯盛衰。

 しかし、それだと話が壮大になりすぎる気がする。一人の人生を、五年ごとに語るだけだとしても、百年生きれば二十通の手紙を送ることになるわけで、短篇としては、十分すぎる長さだという気がする。

 逆に、いつかこれを膨らまして長篇にできないか。

 

■ほんとに今後どうしよう

 さっきも述べたが、このペースで書くのは非常にしんどい。それは時間的*10なものではなく、質的な問題だ。

 いっぺん休んだ方がいいかもしれない。この講座では、目指すべき方向性がはっきりしてきた。当たり前のことだが、特異なことで一点突破しろ、ということ。それが身体の感覚として身についてくる感じがある。だが、一度腰を据えて、時間をかけて一つの作品を仕上げることに注力する方がいいようにも思われる。

 それと、出版社や作家の間の空気感というか温度については、かなりつかめてきた気がしているので、何年もここに顔を出したいかどうかは、今ひとつわからない。最新のトレンドに対する本音は聞けるが、SF大会とかでも聞ける話ではある。

 でも、それは別に、何らかの形でこのクラスタにはかかわっていきたいのだけれど、どうすればいいのだろう。文学フリマで出す同人誌、とか? この辺の話を一度参加者としてみたい。

 ただなあ、無理やり書き続けることで出てくるアイディアもあるからなあ。難しいところだ。

 

 以上。

*1:ゲームの説明書にもあったけれど、実際のゴリラの生態とは違う。

*2:このゲームでは「密猟者」。

*3:三十代成人男性六名。

*4:ウホウホ。

*5:モデルは複数。

*6:僕は根性論を信じていない。具体的な方法論がなければアドバイスにならないし、自分でも続けられない。僕の方法論は、決まった時間に必ず机に向かい、なんでもいいのでまずはアウトプットすることだ。まずい文章でも、後で好きなだけ直せるのだから。文章を書くこと自体に慣れていない場合は、日記を書くといい。事実の羅列で構わない。この習慣は大いに助けになった。で、通勤時間は必ずインプットにあてている。閑話休題

*7:前回の講座では円城氏曰く妄想だけならeasyだそうだが。

*8:梗概はそうでもない。こういう視覚的な方向がいいのかな。

*9:プロデビューしたらきっとそんなこと言ってられない。

*10:ついでに深夜まで講義が続くので、朝型の自分としてはかなりしんどい。