2019年度ゲンロンSF創作講座第10回「「20世紀までに作られた絵画・美術作品」のうちから一点を選び、文字で描写し、そのシーンをラストとして書いてください。」実作の感想、その2。 それからイギリスに住んでいたこと。

 時折、SF講座の参加者のツイッターをのぞくのだけれど、そこで誰かが昔イギリスに住んでいたということを述べていた。あれ、誰だったっけ。自分も幼児の頃に住んでいた覚えがあるので、意外な共通点に驚いたのだ。

 

 以下、後半戦。

 

■黒田 渚「エンドレス・ステアケース」

 シミュレーション人格の話として面白かった。なぜ無限階段の世界に安らぎを見出したのかははっきりしないのだが、腹落ちはしている。単純に休養が必要なのだろう、と理解した。

 ただし、面白い分設定が少しぶれているところがあって、それが気になった。たとえば、シミュレーション人格ではどのくらい記憶の削除が容易なのかとか、どうしてここまで人工知能の権利に関する整備が遅れたのかとか*1、あとは$1$0からしゅるしゅると簡単にコピーというか呼び出せたのに、何で最初の過酷な実験のときに出てこなかったのかとか、そのあたりも疑問。

 なんで$0がここまで自分を追い込むキャラクターになったのか、そのあたりをもっと掘り下げたらさらに良くなる気がする。今のままだと、うつ病っぽくなってきたからちょっと休職しましょうか、みたいなシンプルな話で終わってしまっている。

 

■九きゅあ「東京五蓮1964

 デバッグ探偵という概念がユニーク。現実世界にもゲームみたいなバグが起きることになっているのか、現実もまた一つのシミュレートされた世界だった設定なのか、まではわからなかったが、これだけでシリーズにできそう。だから、このダジャレオチはちょっとどうなの、と思わなくもない。現実と絡めたのは面白いが、この状況でこれを面白いと素直に思ってくれる読者がどれくらいいるかどうか。十年二十年後だったらもっと笑えたかもしれない。

 別に不謹慎気味なダジャレオチがいけないのではなく、作品の雰囲気とマッチしているか、伏線が十分なのかが問題なのだ。昭和史を描いた朝ドラの最終回に突然ゴジラが出てきてヒロインを踏み潰すとか、何も考えないで読めるラブコメ漫画が突然本格ミステリになるとか、やったら読者は肩透かしを食らったように感じる。あるいは、今まで積み重ねてきた世界観をひっくり返されて腹を立てる。「絶望先生」とかそうじゃん、と反論もあるだろうが、作者はそういうひっくり返す芸風で元から有名だし、最初から伏線は丁寧に張っている。ひっくり返すのはかなり高度なテクニックだ。

 それと、蓮の技を駆使する箇所があまりにも説明的だという印象。これは、主人公や敵が技の仕組みや効果を解説してくれるタイプのエンタメもあるので、いきなり蓮の花の物理特性を説明するのもアリではある。ただし、全体として推理の過程とかも主人公が検索して勝手に思いつくので、読者がついていきにくい。ついでに、マイクロメートルはμではなくμmマイクロメートルと表記するのが標準で、マイクロとだけ呼ぶのは、一応はSI基準からは逸脱している*2

 あと、説明系の部分が多いと、ミスが許されなくなる。ミスというか、ツッコみたくなるポイント。たとえば、藕のピンインは確かにǒuだが、王はwángだからあまりにも牽強付会だと思われる*3

 たぶん、この作品もどこを一番アピールしたいかがぶれているのだと思う。デバッグなのかダジャレなのか、絵画に基づいた推理なのか、どこを一番アピールするべきかがはっきりしていない。絵画探偵でやるのなら、言葉で説明するのが難しいうえに見たことがない絵画を表現する苦労と、読者がおそらく知らないであろう背景的知識を飽きさせないように伝えるテクニックが、おそらくセットでついてくる。

 それと、さすがにホームズとワトソンという名前は安直すぎないか。

 

■宇露 倫「Caro Leonardo,

モナ・リザ」とかど真ん中すぎないか、しかも作品そのものを出して大丈夫か、と思ったのだが、何の問題もなかった。複製されるべき運命の作品が、逆にこちらを見つめる能力を有し、彼女の視点から芸術と青春に対する前向きな希望を描いたいい作品に仕上がっている。読んでいて気分がいい。

 ただ、小説としての完成度には不安も残る。文章がまずいのではない。人物造形が不自然なのではない。ただ、前々から気になっていたのだが、この人の登場人物は基本的に前向きな善人で、出てくる大人も基本的によき支援者である。安心する話を読みたい人には、きっと救済になると思うのだが、小説としては、もう少し厳しい試練を課したほうがいいかもしれない。他の作品にはもっと強い対立が見られるのだけれど、今作は弱かった。

 別に極悪人を出せといっているのではない。いや、この作者の書く絶対悪がどんな形になるか気にはなるのだが、それとは別の話だ。仮に、二人がパリに旅立つ結末が同じだとしても、小説を商業として成り立たせるためには、もう少し起伏が必要な気がしている。たとえば、この幼馴染の関係にひびが入りかけて、読者をハラハラさせるパートを含めてもいいかもしれない。あるいは教授が二人の邪魔をする嫌な奴とまではいかなくても、何か問題を抱えていて、パリ行きが延期になりそうで読者をハラハラさせるとか*4。あるいは、女の子が機械で視覚を補えなくなるほど重症になって、完全に失明する危機に陥るとか。なにか、ピンチがあるともっといいものになるのではなかろうか。

 光属性の著者ならではの、苦労するポイントかもしれない。

 

宿禰「地の塩」

 微生物の生態を持つ知的生命体、それからへんてこりんな繁殖。こういうのは基本的に好き。

 ただし、物語そのものは弱い。不思議な繁殖をする生き物のサイクルを見ておしまい、だ。所長の物語もないことはないが希薄で、しかも生き物たちとはっきりとしたコミュニケーションを取っていない。所長の独り言による、この生き物たちの生態の説明に終始しており、彼らと深い理解に達しているわけでもなければ、そこまでの強い努力をしている印象も受けなかった。淡々と生まれ、繁殖し、死んでいく。所長はなぜここにやってきたのだろう、この世界の在り様に罪悪感を覚えないのだろうか。背景をもっと知りたくなる。

 それと、けなすわけではないのだが、よその惑星とその先住民の植民地化というモチーフそのものは、これからどんどん使いにくくなっていくと思う。より倫理的というか、他者の権利や搾取について敏感になった人類が、わざわざこのような行為を選択する合理的な理由が思いつかない。農園だったらロボットにやらせればいい気もする。

 ところで、なぜタイトルを聖書から持ってきたのだろう?

 

■東京ニトロ「東京ゲルニカ

 筆名とタイトルの組み合わせが面白いので、きちんと完成することを期待している。

 崩壊を描くのでテロリストの背景を書かない、という方針だろうか?

 

■揚羽はな「翳りゆく星の祈り」

 好き。こういう暗い話も書けるのだなあ、と。

 主人公が、人間でないものに変わっていくタイプのホラーがあるのだが、その系譜にも属しているかもしれない。変身の過程はマグリットの作品から少し離れているが、そのほうがいい。あのイメージはサイエンスというよりもファンタジーに近い。ただし、普段書かないタイプの悲しい話のせいか、テンプレからの逸脱度は弱めだという印象。

 ところで、ちょっと思ったのだけれど、主人公がまず自分は人間じゃないと知ったら、もっと動揺するんじゃないだろうか。それとも、その過程が簡素なのが主人公の特徴であって、人間以外の生き物が出自である怖さと悲しさの表現として使われているんだろうか。

 これは自分にも返ってくるのだが、主人公がある秘密に直面して、衝撃を受けて終わり、ってのじゃなくて、そのあとの過程を描写する必要があるのかもしれない。

 

 以上。

*1:現実ではたぶん知性が類人猿並みになった時点で大騒ぎになると思う。と、言うことはこの研究が軍の機密だとか裏社会のものだとか、そんな設定になりそう。

*2:工学部を出ているとこういう面倒くさいことを言い出してしまうのだが、SF読者は理系が多くその辺にうるさいと思う。すみません。ちなみに、最近は小学校でもリットルは筆記体のℓじゃなくて大文字のLで教えているらしい。世の中変わるものだ。

*3:自分がこういうノリについて行けないタイプの読者のせいかもしれない。ただ、傾向として説明的だというのは間違いないと思うので、その面が輝くように細部まで磨くとすごくよくなると思う。

*4:理由は何でもいいので、教授が悪人である必要はない。持病で教授をやめなければいけず、彼女を推薦できない状況に追い込まれるとか。あるいは、発表した作品が誤解から炎上し、その対応に追われて主人公たちを助けてあげられなくなっちゃうとか。