最終課題:ゲンロンSF新人賞【実作】感想、その4、まさかの最終候補

■番狂わせ

最終課題:第4回ゲンロンSF新人賞【実作】 – 超・SF作家育成サイト

 一度も梗概が選ばれたことがないのに、ここに残ることができたのは、梗概感想会のおかげだと思う。感謝します。

 

 以下、感想。

 

■藍銅ツバメ「めめ」

 異界に行って、帰ってきた話。とはいえ、ただ帰ってきただけではなくて、いつまたあちらに連れ戻されるかわからない不安定さに由来する怖さがある。たぶん、この人の書く怖さっていうのは、そういう今にもふっと消え去ってしまいそうな感じに由来しているのかも。また踏み外したら次はない、的な。蛇女の話でもそうだったし、縊鬼でもそうだった。そこが得意なのだろうか。

 もう一つのポイントは、なじみ深いのに何か変、という違和感だ。たとえば、李の格好は今の子どものようだけれども、どこか話の通じなさがあるし、高校の友人という見知っているはずの相手がいつの間にか六つ目おばけになっているのも、見知ったものがどこかおかしい、みたいな怖さというか不可解さだ。異界の住人の行動原理も、背後に善悪の基準があるのかどうかよくわからず、そこがまた良い。記憶が曖昧で何が本当のことかわからないぐらぐらした感じも、うまいと思う。

 話の通じなさっていうのは、面白いテーマで、たとえばエイリアンとの相互理解を目指す話だったら抒情的なSFになるし、ひたすらずれた掛け合いを楽しむようにしたらコメディになるし、コミュニケーション不全を描けば不条理やホラーになる。時には悲劇にだってできる*1

 兄妹の関係もこんな感じだよね、ってのが何となく出ている。兄を名前で呼ぶあたりにリアリティがあって好き。確かに、半ば自分のせいで起きた事故で死にかけた妹を救うため、激情のあまり片目を差し出したってのは、ちょっと紋切り型な気がないでもないけれども、異界の雰囲気は僕好みだったので、好きな作品。

 それにしても、こういう不気味さが好ましく思えるときと、単純な不快感だけを覚えるときとの違いって何だろう?

 

■中野 伶理「限りない旋律」

 最初から最後まで三者の欲望がすれ違い続けている。そういう意味では作者の狙いは達成できている。実在する様々な脳科学の実験に対する知識にも大きな問題は見つけられなかった。つまり、情緒豊かでありながらもSF度も高い。確かに、物語が動き出す前の序盤では背景説明がややくどい気もしたが、十分に修正できると思う。音楽からその本質である時間を取り除いたらどうなるかという思考実験でもあり、基本的に僕がとても好きな方向性である。

 作者は「Di-mensions」でやったことを、さらに押しすすめている。しかも、あの時のように舞台は第二次世界大戦中ではなく、未来だ。作者は確実に前に進んだといえるだろう。高次元を絵画にしたと称する作品は当時からすでにあった。しかし、時間感覚の壊れた音楽は? 少なくとも自分は知らない。不協和音を狙った音楽ならともかくとして。

 問題点があるとしたら、オルガの行動原理がAIへの好奇心だけで、少しおとなしすぎるきらいがないではないことか。純粋な観察者に近い。とはいえ、あまりにも激しすぎればこの作品の雰囲気を壊すことにもなるし、そこらへんはバランスが難しい。

 そう、この雰囲気は守り続けてほしい。「恐らくビバルディだろう。教養の範囲で判別できる曲だった」と言い切ってしまうこの感覚。ここまで言い切ってしまうのならば、突き抜けてしまうほうがいい。

 余談だけれど、フィリップ・グラスセサミストリート「Geometry of Circles」ってのを作曲しているのを思い出した。子供番組ってたまにそういうすごい人がかかわっていたりするから油断できない*2

 

 

■安斉 樹「サノさんとウノちゃん」

 発想にあたたかなユーモアがあって、読んでいて気持ちが良かった。まっすぐな青春。

 けれども、物足りないところがいくつかあった。たとえば、サノさんとウノちゃんがどんな人(?)なのか、もう少し会話だったり行動だったりで示してほしかったし、他の人の頭の様子もちょっと覗いてみたかった。それと、作品の結論が、「頭で考えるだけじゃなくて体の声も聴いたほうが調子出るよね」みたいな感じで、それはまったくその通りだと思うのだけれども、ちょっと意外性に欠けていた。

 もうちょっと作者は登場人物に意地悪になってもいいかもしれない。意地悪っていうのは、単に登場人物をひどい目に合わせるというよりも、葛藤させるということで、もっと梗概にあったように身体の動きのちぐはぐさの描写を増やすとか、意見の対立で困る場面を増やすとか、ついつい後輩に嫉妬してしまうとか、そんな感じだ。サノさんが「そんなことを考えちゃだめだ」と言いながらもウノちゃんがすごく悔しそうな顔をして、でもその気持ちを抑えなきゃって頑張っちゃうところとか。

 せっかくかわいいキャラクターなのだから、もうちょっと台詞を個人的にはあげたかった。ラストシーンあたりで二人に何か言ってもらうとか。

 

■藤田 青「蒼子」

 初稿を読ませていただいたときに一番の不満だった、アフリカに落下した隕石に付着したウイルスでパンデミックが起きていた、みたいなくだりが削除されていたので良かった。「2020年秋の新型コロナ感染症と街の風景を書いてほしい」という依頼に率直に向き合うにはそのほうが適切だ。誰がどう考えてもこれコロナのアレゴリーだろうってのを書くくらいなら、そのまま書いたほうが個人的にはすっきりする。

 文章もしっかりしているし、観察力もある。短い文章で、適切な描写もできている。今の気分的なものの記録としては申し分ない。ただ、だからこそ語り手の人生観と、自分の価値観の違いが際立ってきて、誠実に評価するのが難しかった。例えば、かなり衝動的な語り手なので、政治問題から突然気に食わない教師のことを思い出されても、僕には相当に唐突に感じられた。なんというか、若干八つ当たりの気がしないでもない。

 端的に言えばテロリズムをどこまで肯定するかという差であり、ある価値観をどこまでまっすぐに信じられるかの差だ。僕はどちらかといえば保守的な人間であり、懐疑主義者である。何かをぶっ壊して最初から作ったら、もっと面倒くさいことになると信じているタイプの人間だ。だからだろう、うまく感情移入することはできなかった。

 おそらく自分が、暴力に対してはすぐにおびえる怯懦な人間だからでもあるのだろう、どれほど退陣いただいたほうがいい政治家であっても、殺すことはいけないことだ、と心理的にブレーキをかけている。作者は何も悪くない。単純に相性の問題だ。

 もう一つの感情移入しにくかった理由は、語り手の情報が少ないからだろう。もちろん、どんな仕事をしてきて、どこに行ってきたかは明確に語られているし、どんな性格なのかも文体からよくわかる。ただ、年齢と性別をはっきりさせるものが少なかった。

 別に、そんな外面的な条件をはっきりさせる理由なんてまったくないし、そんな概念を超越した小説なんていくらでもあるので、この意見は無視してくださって構わない。たぶん、僕みたいな保守的な読者に合わせるよりは、この方向で突っ走ったほうが、確実に良いものになる。僕の好みから外れているが、とても上手なのだから*3

 

■泡海 陽宇「晴れの海から、泡宇宙へ」

 宇宙のことが好きなのだな、というのが伝わってくる。

 残念なのは、ここからお話が面白くなるんじゃないかっていう芽がたくさんあるのだけれど、それが最後まで開花せずに話が終わってしまっているところだ。だから、毎日少しずつ書いていって、お話の最後まで連れて行ってほしい。

 系外惑星パズルゲームを解いた先にある天体には、どんなものが待っているのだろうか。見せてくれる日を楽しみにしている。

 

 以上。

 

*1:「銀河ヒッチハイクガイド」で面白いのは、話の通じない連中とのドタバタが中心なのに、最終話では思春期の娘と話が通じないことが前面に出てきて、コミュニケーション不全のコメディだったのに、いつのまにか言葉が通じない悲劇にすりかわっていた。

*2:小澤征爾が出演したこともある。

*3:作者はどこまで読者に配慮すべきについては長い議論があるのでここでは触れない。